ワーキングメモリの大きさが学習に及ぼす影響は大きく、知能よりもむしろワーキングメモリのほうが影響があることが知られています。
『ワーキングメモリと特別な支援』は、日本の学校現場での実践をふまえて、ワーキングメモリの知見を個別指導・学級経営に活かすことを目的に書かれた本。
「読み・書き・計算」に困難のある子どもへの特別な支援方法が、具体例を盛り込みながらわかりやすく解説されています。
ワーキングメモリと特別な支援: 一人ひとりの学習のニーズに応える
またワーキングメモリの小さい子どもが、限られたワーキングメモリを効率的に用いるための支援は、同時に全ての子どもにとっても望ましい学びの環境を与えることになります。
こちらの記事では、『ワーキングメモリと特別な支援』を参考に、
・ワーキングメモリとは?
・ワーキングメモリが小さいとどうなる?
・ワーキングメモリが小さい子への支援の方略
についてご紹介します。
ワーキングメモリとは
ワーキングメモリとは情報を一時的に記憶・処理する能力のことで、頭の中の小さな「メモ帳」に例えられます。
※黒板の文字をノートに書き写す時
黒板に書かれた文字をいったん「メモ帳」に写し、それをノートに書き出す。
※計算問題を解く時
問題中の数字を「メモ帳」に書き留めながら計算ルールを適用し、計算パターンを検索しながら答えを書き、その数字をノートに写す。
「メモ帳」に書き込める情報は文字・数・図などさまざまで、日常のどの場面においても「メモ帳」はとても便利な”思考のための道具”として用いられます。
また「メモ帳」に書き込める情報量には限りがあります。
書き込まれた情報は古くなったり必要がなくなったら消し去られ、新たな情報に置き換えられます。
ワーキングメモリが学習に及ぼす影響は研究の成果により一貫して示されており、学業成績におよぼす影響が大きいのは知能よりもむしろワーキングメモリであることが知られています。
ワーキングメモリの4つの側面
ワーキングメモリには4つの側面があります。
言語領域
・言語的短期記憶・・・言葉や数などの音声情報を覚えておく(記憶)
・言語性ワーキングメモリ・・・音声情報を処理しながら保持する(記憶・処理)
視空間領域
・視空間的短期記憶・・・形や位置などの視空間情報を覚えておく(記憶)
・視空間性ワーキングメモリ・・・視空間情報を処理しながら保持する(記憶・処理)
言語領域 (数、単語、文章といった音声などの情報) |
視空間領域 (イメージ、絵、位置などの情報) |
|
記憶 | 言語的短期記憶 | 視空間的短期記憶 |
※弱いと・・・教師の指示をすぐ忘れる | ※弱いと・・・黒板の文字をノートに書き移すのが遅い | |
記憶・処理 | 言語性ワーキングメモリ | 視空間性ワーキングメモリ |
※弱いと・・・作文や日記を書くのが苦手 | ※弱いと・・・図形の展開図が理解しにくい |
子どもの学習面での支援には、ワーキングメモリの4つの側面のうち、どの側面が弱いのか、あるいは強いのかを把握しておく必要があります。
ワーキングメモリが弱いとどうなる?
ワーキングメモリで一度に記憶・処理できる情報量(容量)には大きな個人差があります。
ワーキングメモリの容量が小さい子は、多くの情報をいちどに与えられるとオーバーフローを起こしてしまい必要な情報が頭に入ってこないので、学習につまずいてしまいます。
しかしながら、学習につまずいている子どもは一見すると「怠けている」「すぐに飽きる」「人の話を聞いていない」ように見えてしまうことがあります。
まずは、ワーキングメモリの小ささが原因で目の前の課題に失敗している子どもを見つけることから始める必要があります。
ワーキングメモリチェックテスト
<課題への取り組み>
☑教師の指示通りにできない
☑作業の進行状況がわからなくなる
☑同時にいくつかのことが求められる課題に失敗する
☑複雑な課題に失敗する
<授業態度>
☑話し合いに積極的に参加できない
☑挙手が少ない
☑上の空になることが多い
<学習>
☑漢字がなかなか覚えられない
☑読みがスムーズに行えない
☑算数の計算や文章題が解けない
<日常生活>
☑忘れ物が多い
☑失くし物が多い
なお研究の結果によると、子どものワーキングメモリの平均は年齢にともない増加していくが、同じ年齢内の子どもの中での個人差は、およそどの学年でも5~6歳程度の幅があることがわかっています。
(※ギャザコールらの研究グループによる、4歳から15歳までの子どものワーキングメモリの発達的な増加と学年内の個人差についての報告)
また、こうした個人差は時間の経過により変化することが少ないと言われています。
つまり下位10%の子はその後も下位10%であり続ける可能性が高く、教師の指示や授業の内容についていけないリスクを長期間抱えることになります。
ワーキングメモリの小ささから学習につまずいている子どもを支援する7原則
ワーキングメモリは個人によってその容量が決まっています。
ワーキングメモリの小さい子どもは、授業中に提示される情報を一時的に覚えたり、それらを踏まえて考えたりすることができないため、限られたワーキングメモリを効率的に用いることができるよう、きめ細かな支援が求められます。
学習指導者が子どものワーキングメモリ能力に合わせて認知的負荷を最適化するための7つの原則があります。
➁子どもをモニターする
③ワーキングメモリの負荷を評価する
④必要ならばワーキングメモリの負荷を減じる
➄重要な情報を繰り返す
⑥記憶補助ツールの使用をうながす
⑦ワーキングメモリを支える子ども自身の方略を発達させる
まずは子どもをよく観察し、子どもがワーキングメモリエラーを起こしていないか気づく必要があります。
ワーキングメモリエラーとは、ワーキングメモリの容量を超えた過大な負荷により情報が消失してしまうこと。
ワーキングメモリエラーのサインとして、以下のことがあげられます。
☑課題遂行に必要な情報の一部または全部を忘れてしまっている
☑指示通りにできない
☑作業の進行状況を把握できない
☑課題を途中で投げ出す
子どもがワーキングメモリエラーを起こしているようなら、子どものワーキングメモリ容量に対して課題の負荷が高いので、負荷を軽減する必要があります。
具体的には、覚えなくてはならない情報の量を減らす・情報に意味を持たせ、慣れ親しませる・心的な処理を単純化し、複雑な課題の構造を変えるなどがあげられます。
またワーキングメモリの容量が小さい子どもには、重要な情報を繰り返し伝えたり、ポスター・単語帳・個人用辞典・ブロック・計算機・九九表などの記憶補助ツールの使用をうながすことも学習に役立ちます。
ワーキングメモリを考慮したユニバーサルデザイン
ワーキングメモリの小さい子どもが、限られたワーキングメモリを効率的に用いるための支援は、同時に全ての子どもにとっても望ましい学びの環境を与えることになります。
これまで提案されてきた特別支援領域におけるさまざまな支援方法を、ワーキングメモリの観点から4つに整理したものが「ワーキングメモリを考慮したユニバーサルデザイン」です。
①情報の整理(情報の構造化、多重符号化)
情報を子どものワーキングメモリに適切に届けるための整理の仕方には、「情報の構造化」と「多重符号化」の2つの方法があります。
「情報の構造化」とは、個々の情報の関連がわかりやすくなるよう情報を整理すること。
⇒子どもは目標を意識することで、授業中、それと関連する情報に注意を向け、関連づけて覚えやすくなる。
「多重符号化」とは、子どもが得意なチャンネルで情報を受け取れるよう、同じ情報を、音声情報(文章を読んだり、言葉で説明する)と視覚的な情報(絵やイラスト、写真などで示す)に同時に符号化すること。
音声的な情報と視空間情報は別々の短期記憶(言語的短期記憶と視空間的短期記憶)に保持されるため、相互の情報の記憶を補い合います。
そのため、ワーキングメモリの特定の領域が弱い子どもでも、強いほうの領域で情報を受け取ることができます。
➁情報の最適化(スモールステップ・情報の統合・時間のコントロール)
子どもが情報を記憶・処理できるよう、子どもに与える情報を最適化(情報を吟味し、一度に伝える情報を少なくする)します。
具体的な方法として、スモールステップ・情報の統合・時間のコントロールがあげられます。
「スモールステップ」とは、課題を細かいステップに区切ったり指示を短くして、取り組むべき課題中の情報量を少なくすること。
「情報の統合」とは、細かいステップで実行した課題の結果をまとめること。
課題を細分化すると目的を見失い、何のためにそのステップを行っているかわからなくなってしまうことがあります。
そのため、必要に応じて学習した内容のまとめを行い、各課題のつながりを再認識させることで子どもに目的を意識させます。
「時間のコントロール」は、子どものワーキングメモリを考慮し、課題にかかる時間を想定しながら時間の設定を調整すること。
ワーキングメモリの小さい子どもは短時間で記憶・処理できる情報量が限られるため、1つの課題を終えるのにより長い時間がかかります。
課題に取り組む時間を長く設定したり、考える時間を必要に応じて与えることで、子どもが課題を最後まで成し遂げられるよう支援します。
③記憶のサポート(記憶方略の活用・長期記憶の活用・補助教材の活用)
子どもが積極的に情報を利用できるよう、記憶のサポートを行います。
具体的な方法には、記憶の方略や長期記憶を活用して子ども自身の記憶をサポートする「内的サポート」と、補助教材などを利用して子どもの記憶を補う「外的サポート」の2つがあります。
「記憶方略」とは、情報を記憶し続けるための有効な方法。
・口頭リハーサル(音声情報を口頭で繰り返す)
・書記リハーサル(視覚情報を何度も書く)
・多感覚リハーサル(単語を声を出して読みながらその意味を絵で確かめたり、手でノートに書く等)
これらの方法をまずは具体的に示し、次に子どもたちが自ら行えるよう支援します。
「長期記憶の利用」とは、情報に意味を与え、長期記憶の利用を促して覚えやすくすること。
授業の構成では、前回の授業の振り返りを行うことで、新たな学習内容を既に持っている知識と関連付けて覚えることができます。
補助教材の活用は、覚えておくべき情報や参照すべき情報などを外部記憶にいつでも頼ることができるよう環境を調整する支援方法。
④注意のコントロール(選択的注意・自己抑制)
子どもが特定の課題に注意を向け、学習の構えを作りやすくするための具体的な方法は、「選択的注意」と「自己抑制」。
「選択的注意」とは、何をすべきかといった課題の目的や、学ぶべきことがらに注意を向けやすくすること。
「自己抑制」とは、子ども自身が、自らの学習の理解度や進度をモニターし、効果的な学習方法を積極的に採用できるよう促していくこと。
メタ認しながら自らが学習に取り組んでいけるように促す支援方法。
※メタ認知とは「自分が認知(考えている・感じている)していることを客観的に把握すること。